好奇心okinawa’s blog

観光タクシーから見た沖縄

思戸(おもと)


<波騒(なみざい)は世の常である。泳ぎ上手に雑魚は歌い雑魚は踊る。しかし誰か知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを。> 若い頃は、旅のかたわらにいつもノートに書き込んで持ち歩いていた、吉川英治著の「宮本武蔵」。
歴史上の人物は、ある作家の本1冊でそのイメージができあがる。ほんとのところは誰も知りようがない。「忠臣蔵(赤穂浪士討ち入り)」では浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が正義で吉良上野介(きらこうずけのすけ)は悪役というイメージをもってる人は多い。とんでもない、愛知県の吉良町に行くと「おらが村の立派なお殿様」だ。
宮本武蔵の傍らに居たとされる恋人「お通」が歴史上実際に居たとは誰も信じない。

イメージ 1「百十踏揚(ももと踏みあがり)」5巻、もうすぐ読み終わる。小説では踏揚が少女の頃からの世話役として近くの農家の娘「思戸(おもと)」が登場する。もちろん宮本武蔵の「お通」と同じように架空の人物だ。彼女の目を通して踏揚といわゆるその当時の歴史上の人物たちが、現存する史実と組み合わさって物語が展開していく。
いやぁ~、だいぶイメージが違った。並ぶものなき武将護佐丸(ごさまる)も、悪役のイメージだった阿麻和利(あまわり)も、特に別の意味の主役である第二尚王統を築いた金丸(尚円王)も・・・吉川英治に騙された(?)ように、すっかり叔父の小説「百十踏揚(ももと踏みあがり)」に、やられた(笑)。
誰か知ろう、百尺下の水の心を、水の深さを。
もうすぐ、読み終わる。会いたいなぁ・・・農家の娘「思戸(おもと)」に。