好奇心okinawa’s blog

観光タクシーから見た沖縄

はぁ~、やっちまった

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「ここ・・・へ」と文字だけの印刷物を差し出された。空港からの母娘のお客さん。「アザマ港へ」 えっ!南部の、ですか?あの~、久高島へ行くんですけど・・・。神の島、久高島だ。すみません、ちょっとコピー紙いいですか? 間違いない、知念村の安座真港だ。了解、自動車道飛ばしても30~40分かかりますよ、と出発。「あの~、2時出航の船ですけど、間に合いますか?」 ええっ~!まさか、あと40分か・・・ここで、今さら無理ですとは言えない。ギリギリ大丈夫ですよと、飛ばす飛ばす。しかし、こんな時なんだよな、いつもより下道が混んでる・・・よしこの海岸線にでれば、ここからは大丈夫だろう。・・・ん?あひゃ~、7~8台前を大型のトラックが。ここからは追い越し禁止の片側一車線の道が延々と続く。まいった、追い越せないし、のろのろ走らざるを得ない。
安座真港に飛び込む。あっ~・・・遅かった、一瞬違いだ、久高島行フェリー、今まさに離岸中。すっ飛んできたタクシーを船員が申し訳なさそうに船上から見てる。
申し訳ない。あの~、これからの予定は?那覇市内の○○ホテルか。どっちみちこっちも那覇に戻るんだ、メーターを倒さずに母娘をホテルまで送り届けた。こっちは片道長距離だけでも十分だ。こんなこともあるさ。

下のブログの梯梧看護隊、私立昭和高等女学校の古い写真。崇元寺橋のたもと、安里川沿いにあった。「ナゲーラ壕戦史」には瑞泉看護隊60名中30名、梯梧看護隊19名中9名戦死と記録されてるが、戦死者の数だけではその悲惨さは語れないのは言うまでもない。
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