好奇心okinawa’s blog

観光タクシーから見た沖縄

一杯のカレー

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懐かしい話しを。
高校を卒業して初めて東京に来た頃、新宿のJR西大久保駅近くの立ち食い蕎麦屋の2階に住んだ。いろいろあって、毎日がアルバイトの日々だった。アルバイト料が入ると月に一度近くのほんとに小さなカレー屋で贅沢な食事をした。そのカレー屋はおばさん二人でやっていた。
その後一時期外国生活したりしたのち東京にもどって本格的な社会人としての仕事にのめりこんだ。給料も完全に安定しだした頃、ある日用事で西大久保の近くまで来た時そのカレー屋を思い出して、スーツ姿で入った。なんと、あのおばちゃん二人が目を丸くした。気づいただろうが、ただ笑顔であの懐かしいカレーを出してくれた。最後までお互いなにも言わなかったが、嬉しかった。

クリスマス・イヴに思い出す「賢者の贈り物」(作家オー・ヘンリー)の話しはした。大晦日(おおみそか)の時に思い出す短編小説(童話)がある、「一杯のかけそば」(栗 良平)だ。20年ほど前に話題になった。国会でも誰か野党議員が、なんと小説全文を読み当時の首相に(リクルート事件)で詰め寄る前代未聞の話題にもなった。

参考に:「一杯のかけそば」のあらすじを。
晦日の晩、札幌の閉店まじかのある蕎麦屋に小さい子を2人連れたいかにも貧しそうな女性が現れた。お断りしようかと思ったが「どうしても蕎麦が食べたい」というんで。で、注文したのがたった「一杯のかけそば」(具なしだよ!)、それを母子3人でおいしそうに分け与えて食べている。(店人は母子のため、内緒で1.5人前の蕎麦を出していたのだが)。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯と訪ねてきたが、ある年から母子は来なくなってしまった。(実はこの母子は事故で父親を亡くしていて、大晦日のかけそばが年にたった一度の贅沢だった)気にはなっていたが、それでも店主夫婦はその母子を待ち続けた。そして、そして、なんと10年後のある日、母とすっかり立派な社会人となった息子2人が再び現れた。注文は!・・・母子3人で「かけそば」3杯!